章立て
- 1か月で3万5000件、でも人ではまだ
- 数字はどこから来たのか
- 区間ごとの成果
- 89パーセントの中身
- 3万5000件をほどく
- エーアイの会社が薬の当事者になる
- あなたはどの数字を信じるか
台本(下書き)
1か月で3万5000件、でも人ではまだ
エーアイ企業のアンソロピックが10月27日、創薬についての中間報告を公開しました。そこには、同社のエーアイ、クロードが、食物アレルギー向けの抗体の設計案を、およそ1か月で約3万5000件、ほぼ自律的に作ったと書かれています。
ところが同じ報告で、アンソロピック自身が「今のところ大半が前臨床」と書いています。前臨床とは、人で試す前の段階です。この報告に出てくる薬の大半は、まだ人では試されていません。
しかも、アンソロピックは提携先を手伝うだけではありません。一人で運営されていた創薬企業を買収して、自分たちで薬の開発まで始めました。
知りたいのは、3万5000件がすごいかどうかだけではありません。本当の問いは、エーアイは本当に新薬づくりを速くしているのか、発表の数字が何を意味し、何をまだ意味しないのかです。今日は提携先の事例をたどり、最後に3万5000件の中身をほどきます。
数字はどこから来たのか
まず出所です。報告は個人名ではなく、アンソロピックのライフサイエンスのチームの名義です。提携先は過去数か月にわたる6社。候補探し、治療法の改良、候補の改良、製造と規制当局向けの書類、会社づくり、そして臨床試験の計画と、担当がそれぞれ違います。
アンソロピックは、解くべき問題は1つではなく、ボトルネックは創薬の工程全体に散らばっている、と書いています。薬づくりを長いリレーと考えると、今回の報告は、エーアイがどの区間でバトンを速く運べたかを並べたもの、と言えそうです。
ただしアンソロピックは、これらの事例は業界全体での効果を証明するものではなく、使い方を示すものだという趣旨も述べています。
数字はどれも当事者の発表で、第三者による再現や査読はありません。報道でも、独立した専門家の評価は伝えられていません。
区間ごとの成果
ジェネレート・バイオメディシンズでは、科学者6人がクロード・コードを使い、カーティー細胞療法の遺伝子設計の一部を標準より約70パーセント短くした案を作りました。実験室では受容体の量が約10倍になり、腫瘍細胞をより効率よく殺し、働きも長く続いたといいます。
ビッグハット・バイオサイエンシズは、約10週間で約1010の改良版を作って試験し、最良のものは結合の強さが10倍を超えました。
身近に感じやすいのはエンベダの書類の話です。製造担当の化学者は、最大で75パーセントの時間を書類作業に使っていました。第2相臨床試験向けの製造記録4件、計1061ページの確認は、人だけで1553分。エーアイツールの指摘を先に見てからだと、エーアイの処理時間を含めて166分でした。報告書の表現では9.4分の1で、ここから計算すると89パーセント減です。
人が挙げた対応の必要な問題11件は、ツールもすべて指摘しました。クロード・オーパス4.7で動かしたツールは、人が挙げなかった問題を7件追加で指摘し、判定者が7件とも確認しています。分厚い書類に、先に付箋を貼ってくれる助手がいるような状態です。
ブリストル・マイヤーズ スクイブは、臨床試験中の初期段階の薬について、試験計画の評価と成功確率の見積もりにクロードを使っています。同社の上級副社長は、1つの指示からしっかりした初期分析が出てきたと述べました。
エンベダの最高経営責任者も、エーアイは開発の後半のボトルネックを取り除く助けになると語ったと報じられています。では、これだけで薬づくりが速くなったと言えるでしょうか。反対の観察もあります。
89パーセントの中身
エンベダの評価は、製造1回分の記録4件だけの小さな規模です。報告書自身が分析は記述的・探索的だとしており、判定者は1人、著者はエンベダの社員で、利益相反として明記されています。
人のコメントの82パーセント、ツールのコメントの79パーセントは対応不要でした。ツールは取り消し線付きの手書きの訂正を読み違え、実行のたびに重大な読み違いが1件出ています。前の工程の記録がなく、記録をまたぐ重量の食い違い2件はたどれませんでした。
外部のコンサルタントは確認時間を1380分と報告していますが、その記録は確認されていません。ツール自体も製造の電子システムとしての検証を受けておらず、助言用の補助にとどまります。
規制書類の初稿を4時間で書いたという話も、エンベダの技術報告では確かめられませんでした。ビッグハットでは、途中で標準の評価指標が誤解を招くと分かり、見直しています。エーアイの成果をどう測るか自体が、まだ難しいのです。
3万5000件をほどく
冒頭のダイバージェンス・ラボに戻ります。狙いは、血の中のアイジーイーという物質を中和するだけでなく、免疫細胞に付いたアイジーイーを引きはがすこと。そのため、くっつく腕と引きはがす腕、2本の腕を持つ設計が必要です。
初期の試験では、くっつく候補が3件、引きはがす候補が20件見つかり、そのうち3件は標準薬より効果が高かったとされます。
3万5000件の大半はコンピューター上の設計で、実際に作って試したのはごく一部かもしれません。何件試したかは、今回の材料では分かりません。
次の段階は、2本の腕を1つの薬にまとめることで、完成した薬はまだありません。3万5000件は薬の数ではなく、設計図の束なのです。
エーアイの会社が薬の当事者になる
ここまでは提携先の話でした。では、エーアイの会社自身が薬をつくる側に回ったらどうでしょうか。
アンソロピックが買収したミスリル・メディシンは、2種類の希少な筋ジストロフィーの治療法を開発していた一人企業です。創業者のトランバーガー氏は、クロードで外部の研究室11か所を調整し、治療候補の1つをアイデアからマウスでの有望な結果まで18か月未満で進めました。同氏はアンソロピックに入社しています。
買収額や条件は公表されておらず、技術報告は査読前だと報じられています。
アンソロピックは、候補が有望であり続ければ、早ければ2028年後半に人での臨床試験を始められる見込みだとしています。あくまで同社自身の予測です。
エーアイを作る会社が、薬の候補を作り、成果も自分で発表する。誰がその数字を外から確かめるのかが、これまで以上に問われそうです。
あなたはどの数字を信じるか
冒頭の3万5000件に戻ります。エーアイが設計案を大量に出し、書類の確認を先回りして助けたことは、当事者の発表として分かりました。一方で、その薬が人で効くのか、開発全体が何年縮むのかは、まだ分かっていません。
1か月で3万5000件の設計案、確認時間89パーセント減、2028年後半という見通し。あなたなら、この中でどの数字をいちばん信じ、どれをいちばん疑いますか。